毎日のように、年賀欠礼の喪中ハガキが届くようになる今の時期。

我が家も今年、1月に父を見送ったので年賀欠礼の喪中ハガキを出さねばなりません。
私が例年、年賀状を出す宛先に出すこともそうなんですが、
それ以上に気になっていたのは両親がこれまで年賀状を出していた人たちでした。

家族葬が増えてきた最近は、訃報や葬儀をお知らせしないことも珍しくはありません。
すべてが終わってからお知らせすると、
終わった後にさまざまな知り合いからパラパラとご挨拶やお香典が届き、
かえって煩雑になるから、葬儀のお知らせはしたほうがいい、
と、これまでよく言われてきましたが、それも過去のことかもしれません。

今やコロナの影響で葬儀はこれまで以上に簡素化が進んできました。
しかも葬儀は家族葬が主流ですから、家族でないと「知らされても…」と戸惑う人の方が多数派になっているのかもしれません。
我が家の場合も、父の知り合いはだいぶ高齢でもありましたし、どなたにも訃報のお知らせはしませんでした。

父が亡くなったのはコロナの感染者が爆発的に拡大した警戒時期でした。
我が家は、父が五人きょうだい、母が四人きょうだいで、親戚の数は決して少なくありません。
しかも父は長男で、私たち家族は父の両親(私にとっては祖父母)と同居していたこともあり、
我が家は親戚の出入りが少なくありませんでした。
父からは生前に、「連絡は最小限で」とは言われていたものの、最小限の範囲とはどこまでかは、聞いていませんでした。

父が亡くなり、さてどこまでの人に訃報(葬儀の連絡)をお知らせするか?
これは姉妹で何度も話し合ったことの一つでした。

父はきょうだいの仲が良く、親戚付き合いを好んでいたので、できるだけ知らせた方がよいかもしれない。
でも高齢で誰かの助けなしには外出できない状況の皆さんにお知らせするのはかえってご負担かもしれない。
それに、お知らせすることはお香典をおねだりしているみたいでいやだね。
そんなことは、あらかじめきっちりお断りすればよい。
断ったとしても、相手方にしてみれば、そのままにするわけにはいかない、と思うのでは?
いくら親しい人でも訃報を知らせることはかえって気を遣わせることになりかねない。
でも、コロナだし・・・。

いろいろ悩んで話し合った結果、私たちは両親の兄弟姉妹にだけ訃報(葬儀の連絡)を知らせ、
その際にはコロナ禍だからご無理なく、家族で送るので、と重々お伝えして、というプロセスを経て、
葬儀は、父の子どもたち(=私たち姉妹)とその家族(孫たちを含む)と、従兄弟2人のみで送りました。

そんなわけで、両親の兄弟姉妹以外は、親戚も友人も喪中欠礼ハガキで初めて訃報を知ることになります。
残された母が喪中欠礼の準備をできる状況にはないため、母に代わって、長女の私が連絡する役を担うこととなりました。
両親には、会いましょう会いましょうと言いながら、年賀状と電話だけのおつきあいが続いている人がいても不思議ではありません。
一般的なあっさりした訃報連絡では、どんなものだろうかと思い、父の晩年の様子、亡くなるまでの経緯などの報告を交えた喪中欠礼ハガキを出したのでした。

それから数日後。
今、ぽつぽつと、父の遠い親戚や友人、母の友達から、私のもとにお便りが届き始めています。
ほとんどが私が1度もお目にかかったことなどない方々からです。
正直なところ少し驚いています。
きれいな筆文字で書いてきた方、パソコンで打ったお手紙に自筆でお名前を書いてきた方、赤とピンクのバラの絵ハガキにメッセージをしたためてきた方・・・。
形はさまざまですが、そこに心がこもっていることは痛いほど伝わってきます。
遠くで父の訃報を悲しみ、残された私たち家族を気遣ってくださる文面は、とても嬉しくありがたく、心温まるものでした。
私たち姉妹が知らない両親の様子が窺えることもありました。
できることなら、父本人に見せてやりたいくらいです。

今は、手紙を書くことなど本当に少なくなってきました。
儀礼的なことがどんどん排除され、簡素化が進み、余計なことを言わないほうがいいだろと思って何もしないのが主流の現代。
それでもこうやってお便りを下さる方々に接したことは、とてもいい機会でした。
これまで私は、喪中欠礼ハガキを受け取ってお線香やお花を送ったことはありましたが、手紙を書いたことはありませんでした。
赤やピンクの色使いも、パソコンで打ち出す文字も、いわゆるマナー本には出てこない形かもしれません。
でも、気持ちが伝わることこそが何よりなんだと実感します。
終活カウンセラーとして活動している立場でありながら、改めて礼の尽くし方とはこういうものかと勉強になりました。
時代の流れが簡素化に進んでいるとしても、心をこめた尽くし方を見習いたいものです。
それも単なる儀礼的な形にとらわれることなく。
結局のところ、要は心なのだと肝に銘じて。

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