半年くらい前に、大阪から東京に移り住んできた83歳の女性に出会いました。
彼女は、お連れ合いを送ってからは、大阪の戸建てで一人暮らしをしていました。
息子さんがふたりいて、どちらも東京に住んでいます。

お母さん、いいところを見つけたから東京に来ない?
海外旅行に行くような感覚で、特に家を片づけることなくスーツケース1つで一度住んでみるといいよ。

息子さんたちのそんな提案を受け、彼女は東京にやってきたのです。
周りにお友達はたくさんいたし、一人暮らしが寂しかったわけではないけれど、
どうね、そろそろそういうことを考えたほうがいい時期なのかもね、と思ったそうです。

彼女は、偶々入院したときに家にいるときよりもぐっすり眠れたことに気づき、
どうやら人が近くにいることが大事なのかもしれないと感じていたことも、少し影響したようです。

そんな彼女が少ない荷物で移り住んだ場所は、笑恵館のアパートでした。
敷地内のアパートには、20歳年下の彼女の従姉妹が住んでいたのです。
しかも笑恵館は住み開きという形をとっていて、そこにはいろんな世代の人が出入りし、住民食事会や持ち寄り食事会がしばしば行われ、いろんなイベントをやっています。

私は毎月1回、その笑恵館で「終活を知ってみよう会」というイベントをやっていました。
彼女は半年前に、その「終活を知ってみよう会」に初めて参加し、私はそこでお目にかかりました。
とても素敵な女性で、初めて参加した時から明るくフレンドリー。参加者同士の会話も楽しんでいました。

カジュアルながらも素敵な装いのお洒落な方で、マスクもお洋服に合わせて手作り。
ご自身でミシンで作っていました。
食事会にも、いろんなイベントにも参加し、お菓子を作ってふるまったりして、楽しそうでした。

ところが先月、大阪に帰ることにした、というのです。
とても楽しく暮らしているように見えたのでびっくりしたところ、大阪で笑恵館のようなことをやってみようと思う、というのです。

大阪では、これまで一人で暮らしてきた。
でも、こうやって家を開放する、という暮らし方があるんだな、と思ったから。
お友達はいっぱいいるし、目の前は公園だし、やって見ようかと思う。
何をするわけじゃない。
車庫に椅子を出して、ちょっとお茶を用意して、
どうぞお茶でも飲んでいって、座っていって、とそんな感じ。
そうと決めたら、私も80歳超えているんだから急がないと!

彼女はそう言ったのです。

驚きました。
私から見ると、これは大きな決断です。
でも当の彼女は、意外に普通のことのように語るのです。

何が彼女をそうさせたのだろう。

それはきっと、
彼女が今まで考えたこともないような考え方や、会ったことがない人に出会ったせいではないかしら。
新しい視点や新しいコトが彼女の背中を押したような気がしてなりません。

一方で、彼女の決断は笑恵館に暮らす人・出入りする人にも大きな影響を与えました。

私たちは誰だっていろんな可能性を持っている。
何歳になっても、私たちは何でもできそう。
要は自分自身の問題なのだ、と。

清々しい決断に、私はとても大きなエネルギーをもらいました。
私だけではなく、多くの人がきっと同じような気持ちではないかと思います。
そして、自分の狭い世界で出会う人や知ること、似たような考え方同士で集まると、なかなか新しい世界は開かないのかもしれない、とつくづく思いました。

何も言わなくてもわかり合えるような人、よく知っている人や価値観の近い人といることは、とても心地よいし楽だから、自然にそういう風になっていくものだけれど、気づくと私はそうやって居心地の良い場所から動かなく(動けなく)なっているのかもしれません。

だけど、多少の摩擦は厭わずに、思いもしないような価値観を持つ人と出会ったり、話をしてみたりすることで、自分の中の新しい扉が開くのかもしれない、と気づかされたのです。

最近私は、いろいろやりたいことがあっても、もう間に合わないかもしれない、きっと無理かもしれない、という思いが頭をかすめることがしばしばあったのですが、いやいやなんの何の・・・。
自分で勝手に、どこか年齢を言い訳にしているかもしれません。

彼女はこれからの希望に胸をふくらませ、今月中に、息子さんの運転する車でお引越しだそうです。

彼女の新しい計画を心から応援しています。
落ち着いたころに、遊びに行きたいと思います。