毎月第4木曜日、終活について学んだり語り合ったりする会を行っています。
「終活を知ってみよう会」という名称で、スタートしてから3年になります。

場所は東京・世田谷区。
笑恵館という住み開きをしている場所で、オーナーの田名夢子さんと共に開催しており、毎回近隣にお住まいの方が集まります。
毎回テーマを変えて行っているのですが、
2月は、1月に父を亡くした私の体験をもとに、葬儀の意味を考える時間になりました。

私の父が亡くなったのは1月3日。
コロナ禍で2回目の緊急事態宣言が出る直前でした。
そのため、「コロナだからできない」「コロナだから仕方がない」ことがいろいろありました。
しかも、次々と状況も変わっていったので、その経緯や葬儀の内容を参加者にシェアし、それをネタに葬儀の意味を皆で考えたり、何のために葬儀をするのか、各々の経験と合わせて語り合う会になりました。

特養から何度か救急搬送されたお母さんのお話をしてくれたAさん。
病院からは、もってあと数日だから今のうちに会っておきたい人を集めるように言われ、全国にいる
でもそれから10日がたち、もう救急病院にいてもやることがないからと別の病院に移ることになりました。
あと数日だろうと言われ、毎日様子を見に来るように言われ、病院に通い続けたところ、亡くなったのは結局3か月後。97歳だったそうです。なんか死ぬのを待つみたいな形になって、なんだか…。

平均寿命が延びて、高齢化して・・・。
言い古されたことですが、現実に目の前で起きているのは、まさにこういうこと。
高齢になっても、内臓心臓が強く、体力がある人はたくさんいます。
延命治療なんかしなくても、子ども時代に幼少期を過ごした今の90歳前後は本当にお元気。
私の父も胃ろうをお断りしてからしばらくは会話もできるくらい元気だったので、Aさんのお気持ちがわかるような気がします。

湯かんってなあに?

私の父の納棺の時の話をきっかけに、「湯かん」が話題になりました。
Bさんは互助会の〇〇に入っていたのですが、葬儀の段になったら「湯かん」を勧められたそうです。
その〇〇では一つ上のランクで実施されるのが「湯かん」だったそうで、互助会会員だからサービスでできるとのこと。
そもそも「湯かん」がどういうことなのか、Bさんはよくわからないまま、そういうことなのか、とお願いしたのだとか。
それを聞いた関西出身のCさんは、人が亡くなったら「湯かん」は葬儀のセットのようなものと捉えており、東京の人が「湯かん」を知らないの?とびっくりです。

お連れ合いさんを送ったときに「湯かん」をお願いしたDさんは、自分のときはあれはやめてほしい、と。
なんだか恥ずかしくて・・・。

Eさんは、結婚する前まで看護師さんでした。
病院で人が亡くなったときには、看護師さんとして清拭していたそうですが、「湯かん」のことを知りませんでした。
Eさんは、今から考えると若かったから淡々と亡くなった人を綺麗にしていたけれど、「湯かん」のように、家族で綺麗にしてあげる方が心がこもっていていいのかもね、と。

 

へぇ、知らなかった。
そんなことがあるのね。
私の時はどうしようかな。こんなふうにしてほしい。
子どもはどんなふうにするつもりかしら。
・・・葬儀の話をフランクに、それもいろんな人と語り合える場が、「終活を知ってみよう会」です。

家族構成、距離感など、それぞれみんないろいろですが、毎回設定されたテーマをもとに、それぞれの立場で楽し気に明るく、ご自身の経験を語ったり、考えたりしています。